蘇る衝撃の税制改正。平成20年1月29日福岡地裁判決「税法の遡及適用は違憲、福岡地裁が住宅売却損の控除認める。」
平成16年度の税制改正で、所有期間5年超の長期所有土地建物等の譲渡所得に係る税率を26%(所得税20%、住民税6%)から20%(15%、5%)へと引き下げる代わりに、土地建物等の譲渡損失の他の所得との損益通算及び繰越控除制度を原則廃止するとの改正が行われました。
この改正が衝撃だったのは、改正法の施行は4月1日からにもかかわらず、1月1日の土地建物等の譲渡から、譲渡損失の他の所得との損益通算及び繰越控除制度が原則廃止とされた点です。
その後の目まぐるしい税制改正もあって忘れかけていた衝撃の税制改正の記憶が、今また蘇ります。
■平成20年1月29日福岡地裁判決の概要(平成20年1月30日読売新聞より引用)
改正租税特別措置法が施行前にさかのぼって適用されたため、マンション譲渡で発生した損失を他の所得から控除することを福岡税務署が認めない処分をしたのは違憲として、福岡市の女性が国を相手取り、処分取り消しを求めた訴訟の判決が29日、福岡地裁であった。
岸和田羊一裁判長は「租税法規不遡及(そきゅう)の原則に違反し、違憲無効。控除を認めるべき」などとして処分を取り消した。
改正法では、個人の土地、建物などの譲渡に伴う損失を他の所得から控除するのを認めないことにする一方、譲渡や買い替えに伴う借入金がある場合は控除を認める特例が盛り込まれた。2004年4月に施行され、適用はさかのぼって同年1月からとされた。
判決によると、女性は1997年、同市中央区のマンションを約4800万円で購入し、04年3月に2600万円で売却。同月、同区内に別のマンションを購入した。女性は05年3月、約2000万円の損失を他の所得から控除し、約170万円の還付を求めたところ、法改正を知らされた。女性は直後、同税務署に04年分所得税の更正請求をしたが売却、買い替えに伴う借入金がなかったため、特例措置の対象とならなかった。
女性は同税務署長に異議申し立てをし、国税不服審判所長にも審査請求をしたが、いずれも棄却。06年提訴した。弁護士を付けず、「国民の財産権を侵害する遡及適用は許されない」と主張。国側は「節税のために土地の安売りを招く恐れがある」などと訴えていた。
岸和田裁判長は「法改正要旨が報道されたのは遡及適用のわずか2週間前。国民に周知されていたといえない」などと指摘。その上で、「控除を認めないことで不利益を被る国民の経済的損失は多額に上る場合も少なくなく、改正法の遡及適用が国民に経済生活の法的安定性を害しないとはいえない」と判断した。
油布寛・福岡国税局国税広報広聴室長は「控訴するかは判決内容を詳細に検討して決めたい」と話した。
改正法の遡及適用を巡っては、日本弁護士連合会が「憲法に違反するもので、再度法改正を行って救済措置をとるべき」とする意見書を発表している。日弁連税制委員会の水野武夫委員長は「租税法規の遡及適用を違憲と認めた判決はおそらく初めて。慎重な立法を促すという点でも画期的だ」と話した。
■蘇る衝撃の改正の記憶
記憶が確かであれば当時の状況は次のようであったかと思われます。
平成15年12月17日(水)に与党(自民党・公明党)が平成16年度税制改正大綱を取りまとめ公表し、それを受けて12月18日(木)の日本経済新聞朝刊に記事が掲載されるもなぜか譲渡損失の他の所得との損益通算及び繰越控除制度の原則廃止については言及されませんでした。
12月19日(金)のあたりから、税理士業界で大綱には大変なことが書いてあるぞと騒ぎになりインターネットやFAXで情報が飛び交いだしました。含み損を抱えた不動産を12月31日までに譲渡しないと大変なことになるぞ、12月31日までの譲渡を客観的に立証するには税務上容認される契約日基準でなく不動産登記まで終わらせた方が良いぞ、でも法務局は12月26日(金)までだぞ、公正証書による譲渡契約の方が良いぞなどと騒ぎが大きくなって行きました。
■衝撃の改正の結果
この改正は、弁護士、税理士、公認会計士などの業界団体からも反対が表明されるなど波紋を投げかけましたが、覆ることなく平成16年4月1日に施行され、1月1日より遡って適用されました。
この改正への対応としては、情報源としての顧問税理士のいる中小企業の経営者が個人所有の含み損を抱えた不動産を自分の会社に譲渡するというパターンが多かったように記憶しております。一般の個人の場合は、12月31日までに譲渡しないと損益通算できないという情報自体入手するのが難しかったし、入手していてもそのような短期で譲渡先を見つけるのはなかなか難しかったのではないでしょうか?また、訴訟を提起した福岡市の女性のように、損益通算及び繰越控除制度が原則廃止とされたことを知らないまま1月1日以降に譲渡された方も数多くいらっしゃるのではないでしょうか?
ちなみに、不動産登記が必須等騒ぎになった12月31日までの不動産の譲渡の実在性については、実体がないとして否認されたという例はその後聞かなかったように記憶しております。
■平成20年1月29日福岡地裁判決の意味
弁護士を付けず「国民の財産権を侵害する遡及適用は許されない」と国を相手に福岡市の女性が勝ち取ったこの判決ですが、以前に逓増定期の記事でも書きましたが、納税者の予測可能性の保障という点では大変好ましいことだと思います。多くの経済取引において重要な検討要素である税務について、どのような行為や事実から納税義務が生じるかが明らかにされることは、効率的な経済社会の実現に不可欠なことではないでしょうか?
確かに当時は土地の時価下落に歯止めがかからない状況で、「節税のために土地の安売りを招く恐れがある」という国側の事情もわからないではないですが、いくらなんでも野球の「隠し玉」のような印象がある改正の仕方はやりすぎであったと思われます。
一方で、譲渡損失の他の所得との損益通算及び繰越控除制度が使えないので譲渡を取りやめたという方もいるはずで、その方たちとのバランスはどうなるのかという問題も残ります。
また、国がこのまま控訴しないで判決が確定したとするならば、福岡市の女性と同様に損益通算できなった方たちに更正を上申すれば税務署長権限の更正を認めるのかという問題も残ります。
というわけで、この蘇った衝撃の改正ですが、まだまだ目が離せないようです。
■他の所得との損益通算及び繰越控除が可能な土地建物等の譲渡損失の特例
読売新聞の記事でも指摘がありますが、所有期間5年超の居住用の土地建物等で、新たな居住用の土地建物等に買い換える一定の場合や、住宅ローンが残っている一定の場合には、現在でも土地建物等の譲渡損失が他の所得との損益通算及び繰越控除が可能ですので十分にご注意ください。
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