音楽を語ることにより己を語る。直枝政広「宇宙の柳、たましいの下着」
結成24年目を迎えたロック・バンド、カーネーションの直枝政広が、期待に応えるというより大きく上回る素晴らしいロック・ディスク・ガイド・ブックを書き上げてくれました。
確か10年以上前だと思いますが、「音楽評論家とは音楽を語ることにより己を語る職業である。」と言ったのは、ギタリストの窪田晴男です。その窪田晴男と同い年の1959年生まれの直枝政広が、正に音楽を語ることにより己を語ったのが本書です。
細野晴臣、小西康陽と並ぶミュージシャン系リスナーとして以前より注目してきた直枝政広のディスク・ガイドですので、「実用書」として期待はしていました。ところが、「自分を吐き出し深く内省することによって」綴られた自分の言葉で、「『たましいの下着』(たましいを包む下着=音楽)」が「まるで幻想文学」のように語られ、ぐいぐい引きこまれて行く面白さは、「実用書」を超えたあたかも「物語」のようでこれは期待を上回るものです。
私は、メイヴィス・ステイプルズの2007年度作の「ネヴァー・ターン・バック」を聴きながら吐き出される、「これ以上、今日はもう何もいらないと思える、そんな音楽とおれは出会いたい。」という言葉に、直枝政広から受ける強いプロフェッショナリズムの源泉を感じとりました。
ロック・バンドは、感受性が重要となるため、年をとるとともに続けること自体が大変となってきます。ところが、カーネーションは、結成20年目あたりから「LIVING/LOVING」(2003年)、「SUPER ZOO!」(2004年)、「WILD FANTASY」(2006年)といった充実作を連発しています。メジャーのレコード会社からの販売にこだわりつつも、妥協を許さずより良い音楽を求め続ける姿勢は、「これ以上、今日はもう何もいらないと思える、そんな音楽」に自ら出会いたい、そして他の人にも伝えたいという誰よりも強い思いがあるからこそ持続できるのでしょう。
ところで、「夢を決めた友人たちは大切なレコードをそっくりおれに預けて輝かしい顔で社会へ出て行った。おかげさまでおれのレコード棚には何枚も同じレコードがある。『アビイ・ロード』のLPなんていったい何枚あるだろう。(以下省略)」という、学生時代は同じようなレコードを聞いて同じようなバンドをやっていた私たちを複雑な心境にさせる一節があります。思わず、 「もちろんあなたほどではないですが、音楽でたましいを包んで社会で闘っているほぼ同世代の私のような人間はたくさんいますよ」と、ビジネスマン系リスナーとして少し反発したくなります。
なにしろ、いきなりエリオット・スミスとフィッシュから入るディスク・ガイド・ブックですので万人向けとは言えないかもしれません(私も知らないレコードがたくさん載っています)。しかし、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランといった60~70年代のメイン・ストリームの音楽についても大きくとりあげられていますので、カーネーションを聞いたことがない方でもロックが好き又は好きだった方は、ぜひ手にとって目を通して見ていただきたい本です。
「レコードマンスリー」、「音楽専科」、「カット盤」といった言葉に胸がキュンとなる方は、私ならずとも多いのではないでしょうか。
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